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COMPANY

会社概要

立松建設は2025年で130周年
初代から現代まで
100年変わらぬ地元への想い

立松建設が誕生したのは明治28年。
創業から百年余、地元の皆様に支えられてきました。
初代から永き時代を経て、現社長で四代目です。
古き良き伝統の家づくりを継承しながら、
常に「本物の木造住宅とは何か?」を考えてきました。

明治28年〜

地元大工として慕われた 【初代】

初代、立松菊次郎は明治4年9月に海部郡大治町で生まれました。
大工を志し、修行を積み24歳のとき独立しました。これが立松建設のはじまりです。
のちに名を金次郎と改め、大工の金さん、ダイキンさんと呼ばれ地元で建築業に勤しみました。仕事人で自分にも厳しい責任感の強い人だったと言われています。

とってもお人よしで親しまれた 【二代目】

明治37年11月、大工の家に生まれた二代目、久一はその人柄から多くの人に親しまれました。
奉仕で大工仕事をしてしまうほどのお人よしで、そんな父を見て育った三代目、稔は(このままでは立松建設がつぶれてしまう・・・)と、より一層大工仕事に励みました。
二代目はそんな三代目を頼もしく誇りに思っており、晩年は大好きな釣りを毎日のように楽しみ、多くの方に感謝され天寿を全うしました。

大工仕事が大好きだった 【三代目】

早くから三代目としての自覚が芽生えていた稔少年は、大工仕事が楽しくて仕方がなく食事中でも大工仕事の事ばかり。
先代やその仲間たちの背中を見ながら、すぐに仕事を覚えて先代の跡を継ぎました。
そんな三代目の勢いは止まることを知らず、戦後の復興と経済成長の追い風を受け新築を増やし、
住み込みの大工として修行にきた若い職人も三代目の背中を見ながら次々に成長し独立していきました。

常識を疑い、本物の家づくりを追求する 【四代目】

四代目、立松絹久は建築業界を学ぶため、大学卒業後、奥村組に就職。土木事業に携わり、現場では一つの物を、様々な人と協力し造り上げる、共同作業の喜びと達成感を味わいました。
インターネットが主流でない頃から、数々の悩みや要望に応え、今なお続く「ありがとう」の声に力をもらい数多くの経験をしました。
そして一級建築士の資格を取得し、奈良県の東大寺や五重塔といった歴史的建造物のような、100年後も残り続ける本物の家作りを目指したのでした。

永く安心して健康に暮らせる
フリーメンテナンス住宅を目指して

100年のときを経て、今は棟梁の男気を受け継ぐ大工たちや社員たち、そして気心の知れた業者さんたちと、いつまでも永く安心して健康に暮らせる、フリーメンテナンス住宅を造り続けています。

社会の教科書で習う歴史的建造物など100年続く建造物の共通点は、「基礎である木材を腐らせない」こと。つまり「湿気対策」です。
この湿気対策に現代最も適している、通気断熱WB工法が、目指す家づくりに最も近い工法であったため採用し、
「スケルトン&インフィル」をテーマに、重量木骨SE構法で東北大震災、熊本地震で起こった震度7のような大地震に耐える、たくましい長寿木造住宅を実現します。

Company Profile会社概要

会社名 立松建設株式会社
創業 1895年 (明治28年)
設立 1986年12月18日
所在地 愛知県海部郡大治町砂子西腰掛畑1895
フリーダイヤル 0120-469-112
電話番号 TEL 052-444-2118
FAX番号 FAX 052-442-6997
メールアドレス toiawase@tatematsu-const.co.jp
代表取締役 立松絹久
社員数 10名
従業員数 10名
事業許可 一級建築士事務所登録/愛知県知事登録(い)第5922号
建設業許可/愛知県知事許可(般-28)第56022号
宅地建物取引業許可/愛知県知事許可(8)第14838号 有限会社大神住宅土地
主な取引銀行 ・愛知銀行 大治支店
・いちい信用金庫 大治支店
・名古屋銀行 大治支店
・三菱東京UFJ銀行 中村公園前支店
加盟団体 愛知すまい・まちづくりネットワーク

Accessアクセスマップ

愛知県海部郡大治町砂子西腰掛畑1895

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